年令と共に月日の経つのが加速して行く、
大河ドラマの真田幸村を一年見せられたが武将としてのイメージが湧かない。
堀を埋めれば必ず敗れる現在の日本のような下手な外交をなぜしたのか、秀吉の大阪城は地下に埋まり、真田丸は明星あたりで母校のテニスコートもその端を占めていた。
真実の幸村を歴史学者として研究され、海外でも講演されている大阪城天守閣館長の北川央先生を迎え大阪城の真南KKRホテルで講演拝聴した。今回の参加者50名が高津在学時焼跡の中に突出して存在した天守閣を見た共通の思い出と共に時の経つのも忘れ友情を深めた。
鎌倉からご夫妻で出席して熱心にノートをとっていた安藤義信君がその二週間後亡くなったのは、五期会の生き様の象徴を失った思いである。
平成29年3月25日
<文責:高校5期幹事 額田晃作>